現在私たちが体験していることは、今後のビジネスや経済のあり方、社会構造が変化していくことに大きく影響を与えてゆくと言われていますが、ITやイノベーション企業が集結しているサンフランシスコベイエリアでは、ビジネスや組織のリーダーたちに内面のケアを促す取り組みがさまざまな形で行われています。
短いスピードで急激な変化を求められることは、ビジネスや組織にとっては負担の大きいことですが、それに加えて今回は前例のない状況の中で、方向転換を思案しつつ皆のモチベーションを保っていかなければならず、一人ひとりのレジリアンスが求められています。転換の時期は新しいアイディアやビジネスチャンスが活性化される時期でもありますので、ここは勝負どころです。個人レベルでも、この転換期に落ち着いて自分自身の内面のケアをしっかりと行うことはレジリアンスを育てることにつながるだけでなく、今後の自分自身との付き合い方を作ってゆく上でとても大切なことです。
多くの心理学者たちが、わたしたちは現在「グリーフのプロセス」にあるのだと考えています。グリーフ(Grief)とは、日本語でいうと死別や絶望などによって引き起こされた悲嘆や深い悲しみのことを言いますが、パンデミックの中でのグリーフは、「これまで当たり前だった現実がほぼ突然に変わってしまったこと」に対する、私たち一人一人が抱えているグリーフという意味を指しています。
なんだかスッキリしない。直接影響を受けているわけではないのにモヤモヤする。おうち時間を思ったほど活用できていない。やる気が沸かない。ときどき不安に襲われることがある。眠りのサイクルが不安定・・・。そんな症状を体験している人は、グリーフのプロセスを体験中かもしれません。
グリーフのプロセスは、大きく分けると5つのステップに分かれています。「死の受容プロセス( Five Stages of Grief)」というエリザベス ・キューブラーロス博士が提唱したこのグリーフのプロセスは、もともとは死の宣告を受けた人が経験する一連の意識の移り変わりを表したものです。でも現在では、死の宣告を受けた人だけでなく、「人生が大きく変わってしまうようなショックな出来事」を体験した人(または組織全体)」にも大いに当てはまるということで、メンタルヘルスからビジネスに至るまで様々な形で応用されています。(エリザベス ・キュブラー ロス博士の死の受容プロセスについては、過去にこちらの記事で書いています)
下記は、今回のパンデミックをこの受容ステージに当てはめてみたものです。
第1ステージ:否認
今起きていることが本当なのかと疑う。
実は大したことはないのではと考える。
自分にも影響があるとは思えない。
第2ステージ:怒り
なぜこんなことが起きているのかと腹ただしく感じる。
現状の元となっているものに対して怒りが湧く。
ここまで拡がってしまったことに対する社会や政府に対して不満や怒りを感じる。
ルールを破って外出している人たちや意識の低い人たちに腹が立つ。
または感染警告に腹が立ち、無視して普段の生活を続けようとする。
第3ステージ:取引
手をしっかり洗ってマスクさえしていれば大丈夫。
自分の住んでる場所は大都市ではないから大丈夫。
安全だと思える場所に行っている間は大丈夫。
あの人たちと会うのは大丈夫。
マイルールを作って行動し、自分は大丈夫なのだと考え、見えないウィルスと取引する。
第4ステージ:絶望
現状や未来に対して希望が持てなくなってくる。
コントロール不可能な現実、社会が混乱していることに腹正しさを超えて絶望を感じる。
収集がつく目処が立っていないことに途方のなさを感じる。
自分や大切な人もきっといつか感染してしまうのではないかと思えてくることがある。
第5ステージ:受容
現状をありのままに受け入れる。このステージに来ると、否定や抵抗感、絶望感はほとんどなくなり、自分のいる状況のなかで起きていることをより冷静に受け止めるようになる。直面している現実の中でできることを考え、意識や生活態度が表面だけでなく本格的に変わってくる。
このステージは、必ずしも1から5まで順番通りに起きるというわけではなく、何度かリピートされたり、3歩進んで2歩下がる、のような右往左往するプロセスだと言われています。人の心は複雑ですので、常にスパッと切り替わっていくものではありませんから、同じところを行ったり来たりするのも当然です。また、誰もがステージ5までたどり着くわけではありません。人によっては1〜4の間だけでうろうろしてしまうこともあります。
右往左往しながらも第5ステージまでたどり着き、受容状態が落ち着いてきたら、中にはさらに次のステージへと進む人も出てきます。それは「希望や意味、目的を見つけること」です。現実を受け入れた後、ではどうする?何ができる?何がしたい?などと考えて、自分自身の行動や意識を新たな方向に向けてゆきます。これは人間の成長の中ではとても尊いステージです。希望や意味、目的を見つけることは、今後の生活や生き方に影響します。そして個人で体験していることは、やがては集団の意識となり社会の在り方などにも影響を与えてゆきますので、個人レベルでのこの体験はとても価値あるものです。
でも、まずは自分が何に対してグリーフを経験しているのかを理解することが大切です。パンデミックで起きていることは、あなたにどんな影響を与えているでしょうか?あなたの中で、どんなことが終わりを告げようとしていますか?何を諦めたり悲しんだりしていますか?何を失ったような気がしますか?
中には、過去の傷を思い出したり、自分に自信が持てなくなったりなど、パンデミックが引き金となり、自分自身の過去に対してグリーフが起きている人もいるかもしれません。心のモヤモヤはきちんと整理しないと、意識の中にある押し入れにグチャグチャのまま放り込んでしまうようなことになり、これからもことあるごとに「片付けたい、何とかしたい・・・」と引っ掛かりを感じながら過ごしていくことになります。まずは自分にとってのグリーフは何に対してなのかを考えてノートに書き出してみると、今の自分自身に起きていることを客観性を持って見つめるスタートを切ることができます。そしてもし、第3ステージの絶望感と似た経験をしてるかもしれないと感じたら、それが永遠ではなく心と意識の一時的な通過点なのだと理解しましょう。そうすると、やがては意識が次のステージへと動き始めます。
そして自分のグリーフのプロセスが理解できたら、周りの人たちもこのプロセスの途中かもしれないということを心に留めて置きましょう。身近な人の不可解な発言や行動、やる気のなさまたは怒りなどは、グリーフのプロセスの途中だからだと思って観察すると、相手の言動・行動に思いやりを持って接することができるようになります。
ちなみに私は、今回のグリーフはパンデミックでの変化に伴ういろいろなことに加えて、自分の「人生の午前」へのグリーフが起きていることに気がつきました。深い部分で人生の前半戦が終わり後半へと進んで行こうとしていることが改めて認識できて、意識が少しリセットされたような気がしています。「人生の午前と午後」に関する記事は過去にこちらのブログで書いています。よかったらご覧ください。
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