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自分に返る


いろんなことに改めて感謝したり気づいたりすることがある中で、「時間の流れ」に対してはとくに感じることがあります。


普段の生活の中では、「どうやって効率よくものごとを進めてゆくか」とか「限られた時間でどれだけいろんなことができるか」などに重点を置いて生活していることが多いのですが、今のこの状況の中、時折ふと「そこまで効率化を目指さなくてもいいでは?」という問いかけが聞こえてくるときがあります。


そこで、意識を切り替えて、焦らないで一つ一つの作業をゆっくりじっくりしてみようと思い立ちました。


ゆっくり手を洗う。

ゆっくりとメールを書く。

ゆっくり散歩する。

ゆっくりストレッチする。

ゆっくりキッチンを磨く。

ゆっくりと話をする。

ゆっくりと着替える。


マインドフルネスの教えを思い出しながら、「今この瞬間に目の前で取り組んでいることだけ」に集中して、そのことにだけ意識を向けて作業をしてみます。


そうやって集中して一つのことに向き合っていると、途端に思いがけなく、深い達成感と満たされた気持ちが湧き上がってくる瞬間がありました。本棚のほこり取りとか餃子作りとか、そういう生活の中の普通の作業であるにも関わらず、集中して丁寧に作業をしていると、静かに深く満たされたような感覚がやってくるのです。


普段は、「あれとこれをやってやって、そのあとはこれとこれがあって・・・」と、やること次から次へと見つかります。一つのことをしながら別のことをしているなんて当たり前ですし、そうしなければ1日が何時間あっても足りないという気がします。技術の進化により、人の生活は50年前と比べるとかなり楽になっているわけですが、どういうわけか現代人の生活は一般的にみて格段に忙しくなっているようです。肉体的な面では、テクノロジーやサービス業が代行してくれる作業が増えてきて、自分が体を動かしてやらなくてはならないことが減り楽できることが多いわけですが、思考の面では、経済中心の世の中により人や社会の期待値が上がっている分、「求められる」ことのレベルも格段に上がり昔よりも忙しく回転する必要があります。


そして、それについてゆけない私たちの心。


忙しすぎると心はストレスを抱えて、やがては「感じなくすること」という対策をとります。物事にいちいち反応しないようにすることで心の感覚を鈍らせて、忙しさへの耐久性を確保しようとするのです。


でも私たちはAIではありませんので、心なくして人間として生きてゆくことはできません。鈍くなった心は、ワクワクや喜びを感じる力も弱くなり、生きる上での深い充足感を感じることができなくなってしまいます。


「自分が本当にやりたいことが分からない。または分からなくなった」そんな悩みの根源には、心の感覚が鈍っている可能性が疑われます。忙しさに対応し続けていけるように、そしていちいち傷ついたりしないでいいようにと、心の感覚を鈍らせて自分を保護しているうちに、ポジティブな感情を感じる力も鈍くなってゆきます。心は感じることを栄養としていますので、鈍らせすぎると栄養失調になり、機能不全に陥ってしまうのです。


ストレスを抱えた人がカウンセリングを受けるとき、よく「スローダウンしましょう」というアドバイスをされることがあります。病気になった人は肉体的な制限によりやむ終えずスローダウンしなければなりませんが、心のモヤモヤやストレスを抱えた人がスローダウンするのためには、自分で強い意志を持って行わなければなりません。生活のペースを変えたり、働き方を変えるのは誰にとっても簡単にはできないことです。でもこのスローダウンがどれだけ心にとって必要なのかを思うと、できる限りゆっくりペースで生活できるようにすることはとても大切なことです。


忙しさに慣れている人は「すきま時間」が増えることに最初のうちは居心地の悪さを感じるかもしれませんが、その「すきま」が何よりも大切。心がものごとをゆっくりと感じて味わう時間が持てるようにしてあげると、ストレスでいっぱいになりかけた自分自身を解毒してあげることができます。


人生、忙しくする方法は限りなく見つかります。こんな時期でも、業種によっては仕事が普段より格段に忙しい!という人もたくさんいます。でももし、自分がスローダウンすることが可能な状況なのであれば、ぜひ心を癒すために、そして自分に返るために、ぜひすきま時間をたくさん作って、マインドフルネスの教えを活用して、「ゆっくりと一つのことを丁寧にしてみる」ことをやってみていただきたいです。思いがけず、何か大切なことを見つけることができるかもしれません。




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